新国立劇場バレエ団『アラジン』を計4回観て参りました。
久々のビントレー作品上演、どの日も舞台から熱く弾けるものが伝わり客席が沸きに沸く舞台でした。
※キャストはこちら
※一部変更ありhttp://www.nntt.jac.go.jp/ballet/news/detail/160610_008712.html
福岡さんのアラジンはパワフルで逞しく、少年というよりもどちらかといえば青年風。
広場に集まる人々のうねりを自らが引っ張り操作しているかのようで
見るからに街の少年たちのリーダーです。
間の取り方が上手く、睡眠薬混入作戦では絶妙な間合いでずっこけ大きな笑いが起こりました。
初役で来シーズンよりプリンシパルに昇格する奥村さんは軽快で天真爛漫。
初演からのキャストである八幡さんは大鉄板。逃げ惑う姿も可愛らしく、
プリンセスとの出会いを経て青年へと成長する過程が最もよく見て取れました。
普段はやんちゃでも、プリンセスへの接し方は意外なほどノーブル。
ただこの作品、周囲のダンサーや裏方だけでなく主人公のアラジン自身も演出にたくさん関わっていて、細かな作業が多し。
奥村さんは所々でおや!?と思うところもありましたがコメディタッチな作品で
またアラジンのキャラクター性にも助けられそれもご愛嬌。
アラジンのおっちょこちょいな性格が強調されてこれはこれで楽しく映りました。
2度目の福岡さんは破綻なくこなし、振付の段階から携わってビントレーさんの意図を熟知している
八幡さんはどの場面においても自然且つ段取りが完璧。
小野さんは清楚で凛としたプリンセス。登場時周りを見渡す視線に意志の強さを見せ
マグリブ人誘惑ダンスでは濃密な色気が匂い立ちました。
米沢さんは瞬く間にアラジンの世界に馴染み、一緒に遊ぶのが仕方ないのであろう好奇心旺盛なお姫様。
しかし入浴シーンや新婚生活のチェスでは爽やかな色っぽさが出て、同性でも心臓がどきり。
奥田さんはおっとり淑やか大和撫子風。ゆったりとした所作が古風な美を生み出し、
アラジンが必死に守りたくなるのも納得です。
それからどのペアも幸福感に満たされるパートナーリングであった点も挙げたいと思います。
福岡さんと小野さんは何度も組んでいるだけあって呼吸が気持ち良いほどぴたりと合い安定感抜群、
奥村さんと米沢さんは明るくて熱々、
八幡さんと奥田さんは内気で大人しいお姫様がアラジンによって徐々に心を開いていく過程を鮮やかに描き出し
各々持ち味は異なれどじわりと心に響き渡るものがありました。出会いのキャッチボールは全員見事成功。
トレウバエフさんのマグリブ人はこってり濃厚で妖しさ満点。
菅野さんは少しずつ酷薄さを滲ませ、何者だろうかと不審に思っているうちに
すうっと憑りつかれていき、こちらもまた恐ろし。
池田さんのジーンはしなやかで力強く、今回スキンヘッド連役の井澤さんは高貴な妖精。
高級中華料理店のポスターに描かれていそうな容姿でした。
福田さんは軽やかで渋味も備え、コンテンポラリーを踊り慣れているためか
立ち姿勢から低姿勢に移る際の身のこなしが実に滑らかで惚れ惚れ。
アラジンの友人コンビも舞台に賑やかさを与え、
福田さん&木下さんは常に互いを刺激し高め合う間柄であろう身体能力で魅せ、
江本さん&宇賀さんは優しいお兄さんとあどけなさの残る弟といった微笑ましさがありました。
どちらもアラジンの良き理解者、頼もしい友人コンビです。
楠元さんのアラジン母は大らかで、叱っている箇所でも柔らか味を感じさせる母性あり。
対する丸尾さんは大阪下町のおかん。(褒めています)
慌てふためきながらアラジンに駆け寄ったり、財宝の話を聞いても信じられんと頭や手を振るところにおいても
大阪弁が聞こえてきそうな熱演で
顔をアラジンの頬に摺り寄せながら正真正銘の親子ですと言わんばかりにサルタンに許しを乞い、
息子の頭を下げさせるところではタイミングが絶妙で吉本新喜劇の薫りが含まれ大きな笑いを誘っていました。
ジーンとお付きたちの見せ場では隅っこで一緒に踊り、何事にも一生懸命なお母さん。
考えてみれば、丸尾さんは大阪ご出身です。
1幕最大の見せ場である財宝の洞窟場面は新国立の底力を見せられ、圧巻でした。
オニキスとパールは斬り込むように登場して急ピッチなリフトもびしっと決まって爽快
全員マスクをしているため表情が全く見えないながらも身体を存分に駆使して魅せながら舞台を駆け抜け、
アラジンが踏み入れた夢世界の幕開けを盛り上げました。
サファイアではこれまでずっとプリンセス役で出演してきた本島さんが初挑戦。色香たっぷりに包容する踊りに眼福でした。
木村さんはほっそりとした身体からきらきらとした輝きに溢れる麗しい姿。
4人のお付きたちのゆかしくも優雅な舞いもふんわり涼やかで、
まさにボッティチェリの名画『ヴィーナスの誕生』を眺めているかのような気分になりました。
ゴールド&シルバーは荘厳な音楽に相応しい格調高さがあり、海から大聖堂に瞬間移動。
仙頭さんと寺井さんの貴族然とした姿が印象に刻まれています。
妖しくエキゾチックなエメラルドからも目が離せず、特にきらきらメイクやハーレムパンツがお似合いな寺田さんの
千手観音を思わせる振付のユニークな腕使いにも惚れ惚れ。
小柴さんは『ドン・キホーテ』エスパーダに比べると大分メイクが変わったか、大衆演劇な雰囲気が薄まり一安心。
ルビーはきりっと強い光を放つ長田さん、穏やかな中に熱いものを秘めた奥田さん、お2人ともはまり役。
中家さん、井澤さんはともにスキンヘッドが似合い、きっと30年後は同じ場所で大僧正を演じているに違いありません。
米沢さんのダイヤモンドはぐいぐいと周りを引っ張るリーダー気質で、芯の通った踊りに感激。
細田さんは気品漂う優美な女王。コール・ドがこれまた絶品で、
鋭角なポーズ1つ1つが連なって磨き抜かれたダイヤのカットがくっきりと浮かび上がっていました。
またビントレーさんのコールドの振付が面白いと初演時に感じたことも思い出し、
集合体を保ちながら斜めに動くフォーメーションは何度見ても工夫が凝らされていると再確認。
ダイヤモンドの音楽はそのままに突入するフィナーレも高揚感たっぷりで
宝石たちがそれぞれの振付のハイライトを凝縮して披露しながら登場し、
やがてアラジンも加わっての大団円で締める流れに客席が沸かないはずがありません。
初演時はリーマンショックの直後の世間に暗雲が立ち込めていた時期に光が差し、
よくぞ新国立のために楽しいオリジナル作品を与えてくれたとの喜びが、
5年前の再演時は東日本大震災後初の公演で世間で多くの芸術関係の催しが中止されていた中での再開に拍手。
そして今回はビントレー作品が久々に戻ってきたことを喜ぶ観客の思いが頂点に達したかのような喝采でした。
この場面でいつも感じるのは、ディヴェルティスマンな見せ場であっても切り貼りした印象が皆無であること。
アラジンは一定位置だけでなく宝箱の裏に隠れたり、ときには前で寛ぎながら腰掛けで眺めたり、
踊りにも加わったりと何かしら宝石達との絡みがあって物語の軸としての役割を果たしていて飽きさせません。
宝石の踊りが終わるたびに石を採取する際にも、摘まんで帽子に入れるかと思えば宝石が落としていく場合もあり。
相当な量に達しそうでいかにして持ち帰ったかは想像に任せるようですがアラジンのポケットの数が気になるところです。
きっと、ラッコ(獲った貝をふかふかした身体のあちこちにできるポケットに入れて保管するらしい)並みに
入れる場所が多いのでしょう。
踊っていない人々にも個性が備わっていることも面白く、
例えばジーンとお付きたちの踊りを眺める裁判官たちの場合物静かな人もいれば
女好きでプリンセスの侍女の心を掴もうと奮闘する人、或いは両腕を動かしながら一緒に踊る人もいて様々です。
1幕の広場でもじっくり品物を選びながら買い物する人々、
売り上げを良くしようと営業する絨毯商人、着飾った占い師など誰もが生き生き。街の雑踏がいたくリアルです。
『パゴダの王子』と同様英国人振付家が描く東洋世界で、アラジンは英国では中国人、
日本ではアラビアンとして捉えられている点を融合させアラビアに住む華僑にした設定はやや無理矢理ではあります。
しかし決して不自然ではないのがこの作品の魅力でしょう。
初演直前、ホームページで発表されたアラジンの衣裳姿の八幡さんが目に留まったときには
キョンシー(お若い方はご存知でないと思いますが)を彷彿。
大変な衝撃でしたが始まってみると意外にも馴染み、
加えて龍踊りや獅子舞とここは長崎の祭り会場か、中華街かと錯覚する
中国風要素もてんこ盛りであるにも関わらず違和感がありません。
誰もが一度は見聞きしている物語を耳に残りやすい音楽に乗せてあっと驚く仕掛け
細かな演出を盛り込んだバレエに仕上げ、心から楽しんで取り組むダンサー、スタッフの思い
そして劇場で胸を高鳴らせる観客の反応が結集して後味が実に良いのです。
またEU離脱やシリア問題といった昨今の世相を考えると悪戯ばかりしているアラジンが今回は一段と憎めず。
確かに盗み、ストーカー、覗き見、不法侵入などアラジンの人生は犯罪だらけ。現実の法律であれば即刻警察行きでしょう。
しかし見る限り中国系移民はアラジンと母親の2人のみ。慣れない土地での生活にあたり、
差別を受けた経験は多少なりともあったに違いありません。
それでもめげず街に溶け込み、アラジンは頼もしい仲間もできて暮らし続けている背景を考えると精神の強さには天晴れです。
身体と異なり耳は全く肥えていないため演奏について綴るのは如何なものかとは思いますが、連日好印象。
上階に座っていると会場が大きく優しく包まれ、チャイコフスキーやシュトラウスの曲ほど
演奏のやりがいがあるとは言い難いと察しますが心のこもった、また音の裏返りもなく誠に心地良い演奏でした。
序曲、ゴールド&シルバー、エメラルド、アラジンとプリンセスのパ・ド・ドゥの重厚な響きには何度も聴き惚れ
ジーンとお付きたちの場面では歯切れの良さに思わず胸が躍ったほどです。
久々のビントレー作品で首を長くして待っていたファンが多くつめかけ、団体も入って連日完売。
客席が埋まっていたのは喜ばしいことです。しかし声を大にして言いたいのは団体客のマナー。
金曜日の平日昼公演に来場していた女子中高生たちは大変行儀が良く、拍手のタイミングも周りに合わせて
事前に配布されたレクチャー資料に目を通すなどとにかくお手本のような生徒さんたちだったとのこと。
当日は一般の観客も入っていることを伝え、気をつけるべき事柄、マナーを守っての鑑賞がいかに重要であるかなど
先生方がしっかりと指導をなさっていたのでしょう。
しかし後半の土日に来場していた団体客はマナーにかなりの問題があった模様。
4階席だったためか居合わせはしなかったものの、1階、2階席を中心に多くの観客を悩ませていたようです。
来シーズン、ビントレー作品がないのはまことに残念。せっかくダンサーたちの個性を引き出し、
自身で考え踊る大切さを教えてくださったビントレーさんの作品はバレエ団の財産であるはずです。
リオデジャネイロオリンピックを前に、『ファスター』も鑑賞したかったと思えてならず、
時節柄話題にもなるでしょうし新国立競技場問題や
議会のオリンピック会場及び海外の高額な視察問題をも束の間忘れさせてくれることでしょう。
『アラジン』はビントレー作品の中でも親しみやすいプロダクション。これからも上演を続けて欲しいと願います。
財宝の洞窟場面だけでも、トリプル・ビルやガラなどでの抜粋上演も是非検討を。
大勢の観客がビントレー作品を待っています。
ランプのフラワーアート。
好評だったランプスイーツ。ヨーグルトムースでさっぱりと。