10月12日(金)、Kバレエカンパニー『ロミオとジュリエット』を観て参りました。
Kバレエで最も好きな浅川紫織さんがこの公演をもって引退と知ったときから
必ず観ようと決めており、今年初のKバレエ鑑賞です。
http://www.k-ballet.co.jp/performances/2018romeoandjuliet.html
ジュリエット:浅川紫織
ロミオ:宮尾俊太郎
マキューシオ:石橋奨也
ベンヴォーリオ:益子倭
ティボルト:遅沢佑介
ロザライン:浅野真由香
パリス:栗山廉
キャピュレット卿:スチュアート・キャシディ
キャピュレット夫人:山田蘭
乳母:渡辺レイ
僧ロレンス:ニコライ・ヴィユウジャーニン
僧ジョン:伊坂文月
浅川さんは色っぽく艶やかな女性の印象が強く、
表現力があるとはいえ少女の役はやや違和感があるのではと思っておりましたが全くの誤算。
登場時は無邪気にはしゃぐ声が聞こえてきそうな元気一杯な女の子で
孤高で艶っぽさのあるオデットやニキヤの姿からはとても思い浮かばず
椅子の下に隠れていたかと思えば突然現れて乳母を驚かせ、
本来は人を笑わせ楽しくさせるのが好きな性格なのでしょう。しかし厳格な両親の前では
お行儀良くせねばならず、エネルギーが有り余っていると想起させました。
場面ごとに変化を見せる表現はそれはそれは鮮やかで、
舞踏会に現れると両親が自慢し披露したくて仕方ないであろう立派なレディ。
まだあどけなさは残っていても、重厚で厳粛な舞踏会の雰囲気に似つかわしい
金と白の装飾に彩られた衣装がさまになる品格あるヒロインです。
ロミオとの出会いは徐々に惹かれつつも出会ったと同時に運命の人であると感じ取り一緒になる相手であると
心に決めたような覚悟が滲み出ていて、少女から大人への階段を上る瞬間を目にした思いでした。
股関節の怪我に苦しみいつ歩けなくなるか分からぬ不安を抱えてこられたご本人の決断とはいえ
円熟期を迎えつつある時期の引退は惜しく、しなやかで凛とした美しさを放つ踊りを心に刻んだ次第です。
宮尾さんは髪の色が明る過ぎてどうしても冒頭では軽い人間に思えてしまいましたが(失礼)
ロミオの純愛と突っ走りや浅川さんを支える献身ぶりが重なって徐々にロミオに見えてきたのは明らか。
どこかおっとり平和主義で争いを好まなそうな雰囲気は原作のイメージ通りで
だからこそ2幕のマキューシオの死に居合わせ剣を手にしての暴走ぶりが恐ろしさを際立たせていました。
何度も共演を重ねてきたお2人の息の合い方や一緒に駆け抜けていきながらの感情の通わせはぐっと響くものがあり
マクミラン版とは異なって、接近した状態ではなく舞台奥の階段を上った場所と下で離れているにも関わらず
磁力で引っ張られるようにして恋に落ちる出会いや、バルコニーのパ・ド・ドゥは程よい量のリフトで(これ大事)
浅川さんの高らかに表現する恋の喜びはKバレエで歩んできた舞踊人生の凝縮とも思え、
幸福の絶頂場面であっても寂しさが込み上げずにはいられぬ大熱演でした。
常時企みの表情で不気味さを醸していたのは遅沢さんのティボルト。
細目ながら鋭い光を放ち、舞踏会の幕開けにおける兜を被って中央に立つ威容さは
これ見よがしな主張はなくても吸い付けられる存在感でした。
感情を爆発させるよりも押し殺した中からじわりじわりと荒っぽい怒りを募らせていき
賑わう広場でも登場するだけでピリピリとした空気と化。可能ならば半径3m以内には近寄りたくない人物です。
1点引っ掛かったのは髪型で、(男性ダンサーの皆様まことに申し訳ございません)
オールバックに加え先端がくるっと外側に少し巻いている形状であったためお笑い芸人髭男爵のひぐち君を彷彿。
ワインが入ったグラスを掲げた鉄板ネタの一言は作品の時代に嵌るといえば嵌るのだが
このキャラクターの髪型もいざ決めようとすると難しいのかもしれません。
マキューシオの石橋さんは当初は剽軽な役のイメージが沸かずでしたが
(2年前には大阪のMRBガラで涌田美紀さんと眠れる森の美女のパ・ド・ドゥで鑑賞)
一見ノーブルな雰囲気を備えつつも何を起こすか分からず次の行動が読み辛い
掴みどころのなさが魅力であるとも思わせました。
ベンヴォーリオの益子さんの方が一見華やかでお茶目な要素が濃く、イメージ逆転な面白さのある2人です。
お若いご年齢であっても見事なまでに威厳あるキャピュレット夫人を演じて目を惹いたのは山田さん。
重厚で憎らしいぐらいに強権的で愛娘に対しても容赦ないキャピュレット卿と並んでも貫禄負けしない夫人で
ツンとした冷たさを帯びた気難しさがありましたが夫人も若い頃に親が決めた相手と結婚したであろう
経緯や時代を考えれば、非情とは言えず。キャピュレット卿に止められるほど
ジュリエットの亡骸に縋り付こうとしていた姿からは母親らしい人間味ある一面を見た気がいたします。両親から追い詰められるジュリエットを身体を張って守っていたのは乳母の渡辺さんで
床を這いながらのガードに身体能力の高さが窺え、キャスト表を読んで初めて渡辺さんと分かったほど
熊川さんと共にスタイリッシュに披露していた昨年3月の新作『パッションフルーツ』と
同じ人とは信じ難いぐらいに役に没入。
踊る箇所が少ないながら栗山さんのパリスも好印象。先月札幌で鑑賞したニトリ文化ホールファイナルバレエでの
『眠れる森の美女』3幕におけるシンデレラの王子が驚愕するほどのオーラで会場を満たし
好みは別として(失礼)、今回のパリスにおいても印象に残るキャラクターです。
別次元で動いているかのような気品ある立ち姿で何処にいても目に留まりました。
意志の強そうなジュリエットの魅了には苦戦していましたが接し方が丁寧。
しかしジュリエットの墓場でロミオと鉢合わせた際には先に刃物を取り出して斬りかかろうと争う
柔和だけではない性格が見て取れ、家柄のためではなく心からジュリエットを想っていたに違いありません。
芝居中心のパリスで印象を残すのは容易ではなく、例えば前回の新国立劇場バレエ団『ロメオとジュリエット』では
全日程同一ダンサーが演じていましたが、3回足を運んだはずが茶髪に違和感を覚えたこと以外記憶が殆んど無い。
(今観たら印象は変わるかもしれんが)
栗山さんの場合、役と容姿そして雰囲気がよく合っていたと思えます。
今回熊川さん版のロミジュリは初鑑賞。映像も観ずあえて予習せず臨みましたが
観慣れているマクミラン版とは音楽の組み立ても異なり、面白く見入った箇所も多数。
不協和音全開な序曲で幕が開け現れるのはマンドリンの曲に乗せて踊るロミオで
踊れる(踊りたい?)男性が振り付けた作品らしく、ロミオを主軸にした展開であろうと想像が膨らみました。
また先述の通りロミオとジュリエットが出会う場面は階段の上側と下で離れた場所。
周囲の賑わいから一線を画する空間がより立体的に見える構図で
建物全体が突き動かされそうな誰にも止められない恋の始まりを予期させる演出でした。
ロザラインが高嶺の花ではなくロミオたちをからかったり(恐らく)と
かなり親しみやすい人物として描かれていた点も新鮮。ティボルトの亡骸を前に狂い泣きするのもロザラインで
剣を手にやり場のない怒りを床を這ってぶつける凄まじさです。
僧ロレンスが手紙を届けられなかったのは追い剥ぎによる奇襲で命絶えたと解釈されていて
結果行き違いとなってロミオとジュリエットは互いに死を選ぶ運命となった流れも分かりやすく伝わりました。
それから話は前後しますが、どの版でも言えるのが1幕ジュリエットのソロのスリル感。
振付が素早く細かいステップ満載なわけではなく、華々しいお披露目会
或いはパリスとの婚約を祝福する周囲の空気とは裏腹にジュリエットの脳内はロミオ一色。
家同士の繋がりが強固で自由な恋愛など到底許されない環境にあって
周囲の思いとは全く反対の道を歩み始めようと自身の運命を切り拓いていく姿は胸に迫るばかり。
一見可憐なジュリエットの姿からはまさか敵の家の子息に恋しているとは
キャピュレット家の人々を始め誰も想像しないであろう揺るぎない意志を感じ、観れば観るほど心惹かれる場面です。
浅川さんはKバレエユースの芸術監督に就任するそうでバレエ界を支え手としてこれからも活躍されることでしょう。
最後の公演は日曜日に控えていながらもカーテンコールでは拍手が鳴り止む気配はなく
浅川さんは何度も頭を下げて歓声に応えていました。
引退は本当に惜しいものの、今後の活動にエールを送りたいと思います。
浅川さんの写真がずらり。オデットとオディールを見逃したのが悔やまれます。
ニキヤは2014年の初演時に鑑賞。特集番組で熊川さんが太鼓判を押していらしたのはよく覚えております。
次回公演は『ドン・キホーテ』。管理人の母が鑑賞予定でおり、初Kバレエとのこと。
昨年バルセロナを1人旅した母曰く、写真で目にした舞台装置が
バルセロナの街をかなり忠実に再現しているそうで鑑賞の感想が楽しみです。
帰りは乗り換える度に気になっていた神田駅改札内のバルにて浅川さんを思い出し余韻に浸りながら赤ワインで乾杯。
『ロミオとジュリエット』を観ると飲みたくなるのは赤です。