7月15日(日)、川崎市のカルッツかわさきで開催された
バレエスタジオリアン10周年記念第4回発表会『シンデレラ』全幕を観て参りました。
東京バレエ団で活躍されていた福井ゆいさん主宰のスタジオです。
シンデレラは高校生の生徒さん。品があってとてもまっすぐ、素直な印象があり
一生懸命お掃除してはお姉さんたちにいじめられてしまう姿が健気で応援し助けたくなるヒロインです
ボロ服のときも生まれの良さを思わせる貴さが滲み、舞踏会に現れたときの姿は
まろやかな真珠のような繊細な輝きに満ちたお姫様でした。
最大のお目当て、王子は山本隆之さん。『シンデレラ』の全幕王子を
関東で再び拝見できる日が巡ってくるとは、感激の一言に尽きます。
可能ならば、新国立及び海外含めてアシュトン版の王子を踊った男性ダンサーの中で一番お似合いであろう
山本さんがお召しになれば清き一票を訴える選挙立候補者には見えぬ
白地に青タスキの煌めく衣装姿にお目にかかりたかった思いも少し残りますが
シンデレラを包容し導く優しさ、愛情に溢れる視線、気品宿る姿、と
心を解きほぐされないシンデレラがいるはずはありません。
シンデレラの生徒さんがいたく幸せそうに踊る姿が物語っていました。
ヴァリエーションは無しでしたが意外にも踊る場面も多し。
まだまだ王子役も拝見したいと願わずにはいられぬ一夜でした。
靴職人たち、スペイン、アラビアの人々に会いながらの靴探しの旅での憂鬱ぶりや悩める姿も美しや。
結婚式ではブルーを基調としたお衣装に着替えられ、爽やかな気品が倍増でございます。
仙女は米国に留学中の生徒さんで、妖精たちを背中で引っ張る頼もしさを備え安心感を与えるリーダーでした。
黒い服を着た老婆かと思いきや突如現れた姿は妖精且つ頼りになる優しいお姉さん。
いじめられてばかりのシンデレラにとっては例え妖精であっても新しい家族のような存在に思えたのかもしれません。
春夏秋冬の精はソリストは中高生ぐらいで男性と組み、コール・ドを従えた構成で
テクニックの見せ場がありつつも微笑ましい光景そして四季折々の色彩が舞台一杯に広がっていました。
義理の姉妹は姉がバンビーニバレエ主宰の鹿内京子さん、妹が福井さん。
スレンダーな美女姉妹で踊りも演技も達者ですから陰湿さが薄まり嫌味もありません。
ドタバタしていても王子様に出会うのだと言わんばかりに
熱心にダンスレッスンに励むも失敗を繰り返し、舞踏会にはゴージャスな衣装で登場。
お姉さんたちにもエールを送りたくなってしまう頑張り屋さんな姉妹です。
後藤和雄さん演じる継母は豪快な迫力と派手な美貌が共存する麗しいマダムでした。
振付、演出を手掛けられたのは2年前にびわ湖ホールで鑑賞した
下田春美バレエ教室『コッペリア』全幕と同じく新井崇さん。
スワニルダとフランツの恋の成就のみならずコッペリウスの心情に焦点を当てつつも
観客が足取り軽く劇場をあとにできるよう配慮されたお洒落で心温まる舞台を届けてくださり
期待を抱いて川崎へ向かいましたが、今回もキャラクターの心情を細かく
更にはリアリティと夢見る御伽噺な世界双方をバランス良く盛り込んで
話の展開も分かりやすい、随所に工夫が散りばめられた全幕でした。
まずプロローグ、幕が開くと舞台中央に現れたのは大きな十字架のお墓です。
シンデレラの母親が亡くなったことを明確に示し、シンデレラ(子役)は父親と一緒にいたはずが
父親は新しい妻(シンデレラの継母)と歩き去って
お人形片手に1人取り残されてしまったシンデレラの孤独感の募りが伝わり
その後の人生における姉たちと上手くいかぬ関係を予期させる効果をもたらしていました。
人物描写の特徴としてはシンデレラをいたく家族思いな少女として描いていた点。
アシュトン版では箒を王子様に見たてて良くいえば心に余裕のある空想好き、つまりは
言葉は良くはありませんがどこか妄想癖のある少女として描かれています。
(我が脳内なんぞ常時妄想曲演奏中であるため他人をどうこう言える立場でもないのだが)
王子様に憧れ、箒にスカーフまで巻いてお辞儀して、と舞踏会に想いを馳せたくなる気持ちも分かりますが
より純朴な描き方も魅力的。家族との思い出が詰まった箱を持ってきて蓋を開け、
プロローグに登場したお人形を手に踊り出す振付でした。
『くるみ割り人形』に見えてしまいそうに思えるかもしれませんが、
お人形は実の母親が生きていた幼い頃から大事にしていたことがプロローグで明確にされていましたので
その心配はなし。あたたかな家庭で過ごしていた日々を思い出すだけでも愛おしさに満たされ、
王子様への憧れなんぞに到底考えは及ばぬ状況なのでしょう。
家族孝行娘であると思わせたのは順番飛んで最後、王子と再会を果たすときも同様。
姉たちがガラスの靴を履こうとてんやわんやな大騒動をどうにか収めようと
シンデレラ自ら私が持ち主であると靴を差し出したのです。
一見、姉たちを出し抜いたしたたかな少女と捉えられるかもしれませんがそうではなく
実の母親のように優しくはしてもらえなくても家族は家族で、
みすぼらしい格好をした自身が持ち主であるとはとても名乗れないが
代わる代わる小さな靴に足を無理矢理入れようとする姉たちを苦しみから解放させてあげたいがために
意を決しての行動であったと窺わせ、勇気ある決断をしたシンデレラに寄り添いたくなったのでした。
ユニークで面白かったのは老婆(実は仙女)との出会い。
凍えながら家に入ってきた老婆にすぐ何かを手渡すのではなく、
まずは暖炉の前に連れて行き椅子を用意して座らせて身体を温めさせ、その間に食事の準備。
そして老婆をテーブルに移動させて座らせて、スープを飲んでもらう流れでした。シンデレラ食堂の開店です。
思えば暖炉の火が煌々と燃えているのですから寒い季節のはず。外にいれば身体は冷え切っていますし
少しでも回復が早くなるよう最初に暖をとるのも温かい食事も着席式で整える
シンデレラの段取りに納得が行き、スープを美味しそうに頬張る意外にも食欲旺盛な老婆からは
のちに四季の精を統率しながらパワフルに踊る仙女への変身に説得力を持たせる演出でした。
ガラスの靴もこの場で手渡され、当初シンデレラはうっとり見入りながらもいただくわけにいかないと何度か拒否
しかし老婆の熱に押されて最後は手元に置く、この一連の流れから
シンデレラの謙虚さと夢見る心の芽生えの交錯が分かりやすく伝わりました。
リアリティがあったのは父親がややアルコール依存症の設定であったこと。
再婚したものの家庭内不和となり、ついアルコールに走ってしまう父親の弱さが出ていて
離婚再婚が増えている現代を反映していると感じる非常に現実味ある設定でした。
ただあくまで御伽噺のバレエ作品であることに重きを置き、やり過ぎずにとどめ
アルコールばかりに走ってはならないとシンデレラが優しく且つ毅然と説得させ
父親も穏やかに応じる展開にしていたのは好印象。
もし暴力描写などあってはせっかくの夢見るお話が台無しとなるに違いありません。
結婚式には姉たちも参列する演出で、ガラスの靴持ち主発覚時に継母が先立ってシンデレラと和解し
続いて姉たちも母から促されて和解したもののいざ結婚式に参列すると姉たちは手放しで喜んでおらず
ムスッとした表情が出てしまっているのは自然な心理。義理の妹がまさかの王室入りの現実を受け入れるには
相当な時間を要するでしょうし、まだまだ納得が行かない気持ちの表れは当然の流れでしょう。
新国立劇場に通い詰めていると隔年の冬の風物詩としてアシュトン版を何度も目にする機会に恵まれ
(数えてみたら2度の新潟公演含めて44回は鑑賞)『シンデレラ』といえばアシュトン版の印象を強く抱きがちですが
考えてみれば『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』と異なり、『シンデレラ』はこれといった決定版な型がなく
現代においてもありとあらゆる振付や演出を生み出す作品と思えます。だからこそ振付家の手腕が試されますが
新井さん版はときめく御伽噺の世界観と自然な心理や現実味がバランスを保って合わさるよう配慮され
最後は幸福感に浸りながら劇場を後にできる演出と見受けられました。
リアンさんは10周年を迎えた新しいスタジオですが少子社会であっても
在籍する生徒さんの人数の多さに驚かされます。全幕の上演実現に繋がったのは主宰の福井さんのご指導やお人柄が
生徒さん、保護者の皆さん、ゲストの方々を自然と引き寄せていらっしゃるからこそ。
東京バレエ団時代の福井さんは何度か拝見しており、容姿は当時と殆んどお変わりありません。
踊っていらっしゃるお姿もまた拝見できたらと願っております。
そして全幕今年4月に鑑賞した姫路市での山本さんによる全幕白鳥王子に続き、声を大にして申し上げます。
山本隆之さんは偉大だ!!
※8月12日(日)三重県の四日市市文化会館にて開催の小原芳美バレエスタジオ創立35周年記念発表会で
再び新井さん版シンデレラが上演されます。お近くの方は勿論、
そうでない方は観光も兼ねてどうぞ足をお運びください。山本さんが今度は継母を務められます。
アシュトン版での義理の姉が絶品であった山本さんですから
観客誰もを魅了する華麗なお継母様となるに違いありません。
王子は新国立劇場バレエ団プリンシパル/バレエマスターの菅野英男さんです。
四日市市文化会館は6年前にトヨタクラシック二大バレエハイライトの鑑賞で行って参りましたが
柔らかな光が射し込む綺麗な造りのホールです。駅からも近く食事処も充実していたと記憶しております。
この日は36度超えの猛暑。通路や駅ホームが屋外、地上にある登戸駅での乗り換えだけでも
恐ろしい暑さに襲われたため、川崎駅から地上に出ず地下道を通って行けるお店にて
会場到着前にまずはシンデレラ・カクテルで乾杯。
ノンアルコールですがオレンジ入りであるのはバレエの『シンデレラ』を彷彿。
カルッツ川崎は川崎駅から徒歩約15分。微風が気持ち良く、並木道の木陰であったため意外と暑さは抑えめでした。
会場へ向かう途中に通りかかったビジネスホテルでは魔法が解けてしまった方へのサービスプランを実施中。
川崎駅の駅ビル、ルフロンの大階段はシンデレラステップスと呼ばれているそうで、川崎はシンデレラの宝庫。
この日の日中は子どもフリーマーケットが開催されていました。虹色に変化する美しい階段です。
http://www.lefront.jp/space/index.html
靴を落とさぬよう要注意。(紛失時は交番へ行くなり自身で探すしかありません。王子様は来ません、これが現実)
帰りは新国立常連組3名で駅ビル内のバルにてまずはスパークリングワインで乾杯。
マグロとビーツのサラダに合います。お2方は生ビール。
大阪が生んだ世界に誇る王子に敬意を表して大阪のクラフトビールをいただきながらメインはお肉の盛り合わせを。
魚介好みですが夜とはいえ暑さは残り、歩行距離もあったためパワーの出るものが食したいと思ったのであります。
ところで、今夏は7月15日から24日までの9日間で演出振付は異なれど『シンデレラ』を6回鑑賞。
今週末開催のバレエ・アステラスに頭が切り替わりません。プロコフィエフの音楽が渦巻く日々は暫く続きそうです。