順番前後いたしますが、11月11日(日)メルパルク東京にて
篠原聖一バレエ・リサイタル DANCE for Life 2018
『アナンケ(宿命)〜ノートルダム・ド・パリ〜より』を観て参りました。
3年前の初演は大阪の佐々木美智子バレエ団の上演で観ており、東京での再演は喜びもひとしおです。
http://www.seiichi-yurie.com/Infomation.html
http://dancedition.com/post-2720/
エスメラルダ:下村由理恵
フロロ:山本隆之
カジモド:佐々木大
フェビウス:青木崇
グランゴワール:浅田良和
クロパン:芳賀望
クロパンの妻:大長亜希子
フルール:平尾麻実
下村さんの奔放であっても可愛らしさがあるエスメラルダ。
登場時の艶やかさは目も眩む迫力で場を瞬時に情熱の色に染め上げる圧巻の存在感を示しながら
舞台を縦横無尽に駆けながら踊り、広場の活気が何倍にも漲ったのは明らかです。
益々惹かれたのは表現の細やかさ。人々が寄り付かないカジモドの肩を抱いて
躊躇することなく顔を近づけ思いやる姿は痛みを知る人間だからこその優しさが見え
数々の辛い境遇を乗り越えてきたと思わせます。
意志の強さがありながらも純情な画家の青年グランゴワールと恋愛中に
危機に瀕していた際に出会ってしまったフェビウスへ乗り移ってしまう
危なっかしさや浮遊してしまうところは本能の恐ろしさ。
身に覚えのない罪を受け入れて処刑台へと向かう姿は静かであっても
困難続きであった生涯を背負った凄みや覚悟を滲ませ、いつまでも胸を打ちました。
佐々木大さんは心優しいカジモド。人々に歪んだ顔をからかわれ笑い者にされてばかりであっても
決して攻撃的にはならず、時に理不尽な命令であってもフロロを慕い尽くす姿は胸に突き刺さる健気さ。
また穏やかな愛情を初めて注いでくれたのであろうエスメラルダは唯一心を許せる人物だったのでしょう。
彼女が危険な状況となれば命懸けで相手に突進し救助しようとするのも納得。
育ての親でもあるフロロからエスメラルダの連れ去りを命じられた際には
エスメラルダに辛い思いはさせたくない一方フロロには反抗できぬ身の狭間での苦しみに
胸が張り裂けそうになりました。フロロに従いエスメラルダ連れ去ろうとすると
彼女が嫌がりそこへフェビュスが登場。結果として誘拐の罪を着せられ
鞭打ち台で罰せられる痛々しい姿には怯えが止まりませんでした。
山本さんのフロロは冷酷であっても幼い頃のカジモドを引き取り育てた経緯を考えると憎めず。
聖職者の立場とエスメラルダへの恋に悩み苦しむ姿が切なくて仕方なく
作品がより重厚濃厚に思えた次第。加えて翳りを帯びた色気もあり悪役でも嫌味に映らない稀有なダンサーです。
特にフェビウス刺殺後にエスメラルダと2人きりになり、理性を失って彼女を我が物にしようと迫る場面は
悍ましいながら、これまでの禁欲さをも崩壊させるほどエスメラルダがいかに魅力な女性であるかを物語り
聖職者の地位を捨てようと首から外した十字架をエスメラルダが手に持って差し出して対抗してくると
我に返り、再び十字架を手に悶える姿に心は震え痺れるばかりでした。
青木さんのフェビウスは正義の味方であったのは脚を蹴り上げながら颯爽と現れる
エスメラルダ救出の登場シーンのみで実はとんでもない女ったらし。
婚約者であるフルールがいる身にも関わらずエスメラルダに首ったけで猛アタック。
婚約の宴ではフルールが傍にいても何食わぬ顔で招き入れた
ジプシー軍団の中のエスメラルダに鼻の下を伸ばしてばかりです。
ただフロロに刺殺されて自業自得の罰当たりや良い気味であるは思えず。エスメラルダとの出会いは
エスメラルダからしたら危機に瀕している状況に突如現れ助けてくれた美しい男性に
うっとり恋心を抱いてしまうのは自然であり、フェビウス側からしても
エスメラルダのような艶やかで野性味も含んだ色っぽい、清楚なフルールとは全く異なる魅力を持つ
女性を眼前にすれば例え婚約者がいたとしても惚れてしまうのは無理もない気がいたします。
(浮気を肯定しているわけではありません。念のため)
数多くの武勲を立てたであろう兵士であってもエスメラルダとベッドを共にしている真っ最中に
フロロに刺殺される最期はまことに呆気なし。
清楚な魅力を振り撒いていたのはフルールの平尾さん。白い衣装がたいそうお似合いで
深窓の令嬢といった雰囲気満点。しかし、広間にやってきたエスメラルダが気になって仕方ないフェビウスには
疑念を持ち始め、幸福から一転暗雲が立ち込め不安そうな表情への変化を細やかに表し
その後の悲劇を予期させました。
ジプシー軍団を率いて場をぐっと盛り上げたのはクロパンの芳賀さんとクロパンの妻の大長さん。
大長さんは登場しただけで舞台を引き締め、パワフルであっても愛情がこめられた踊りは爽快で
エスメラルダにとってはさぞ心強い母親のような存在であったでしょう。カジモドへの鞭打ちを
止めようと刃向かったり、最後までエスメラルダの無実を信じ続ける信念の強さも印象に刻まれております。
篠原さんが人間が持つ負の部分を曝け出して描いている点もこの作品の魅力で
禁欲に生きているはずのフロロが欲望に負けて、身分を捨てようとしてまで嫌がるエスメラルダを抱いてしまったり
颯爽と凛々しいフェビウスは婚約者がいながら抑えられぬ恋心をエスメラルダに正直過ぎるほどにぶつけてしまう。
負とはまた違いますが、頼りなさそうであった画家の青年グランゴワールは
終盤には嘆願書を突きつけて力の限りエスメラルダの無実を晴らそうと奔走したり
フルールは婚約に浮かれている綺麗なお嬢様ではなく
フェビウスの二股にすぐ気づいて不安を露わにし、やがて悲劇へと急転換していく展開を示唆。
欲望、裏切り、浮気、憎悪、不穏、執念といった重たい感情が抉り出され渦巻く人間ドラマに
この度も惹きつけられました。
プログラムに掲載された篠原聖一さんとバレエ評論家の守山実花さんの対談によれば
音楽は殆んどロシアで活躍した作曲家による曲を使用しているとのこと。
分かったのはフルールの婚約の宴で流れる2曲で、グラズノフの『ライモンダ』結婚式における
女性のパ・ド・トロワと、『ラ・バヤデール』1幕にてグリゴローヴィヂ版に挿入されている
ニキヤが奴隷と踊りリフトされながら花を落として行く場面の曲のみ。
他は存じ上げぬ曲ですが、各々のキャラクターの心情を浮き彫りにするかの如くぴたりと嵌っていてお見事。
切り貼りした印象は皆無です。
ところで一番興味深かったのは、東京と大阪の地域性の違いが前面に出ていた点。
今回は東京での上演で主要役の4名(下村さん、山本さん、佐々木さん、青木さん)は初演と同じですが
ジプシーその他は普段は東京で活動なさっているダンサーが殆んどで子役は複数のバレエスタジオから出演。
クロパン夫妻やジプシーが登場したあたりから熱を上げていきましたが
幕が開き、ふと感じたのは民衆の役にしては序盤はおとなしい印象だったのです。
対する初演は東大阪市に本部を置く佐々木美智子バレエ団で最初から底知れぬエネルギー大全開。
(子役もジュニアバレエ団や佐々木バレエスタジオ)
ジプシーたちの登場時はもはや竜巻のような熱狂ぶりで
教会による圧政にも屈さぬ民衆の力強さにたまげるしかなく
ソリスト、群舞、子役問わず1人1人の表現が起伏に富み濃厚でした。
また1幕での一番変な顔をした者が道化の王になる大会の場面は
大阪の八尾プリズムホールが吉本新喜劇の会場かと錯覚する爆笑の渦であったと記憶。
東京と大阪どちらが良いか否かではなく同じ作品、振付であっても
演者の地域性がはっきりと出る面白さに触れることができたのは幸運でした。
2015年の我が年間鑑賞において断トツの1位であった作品の待ち侘びた再演を
主要な4役のダンサーは同じ布陣のまま東京にてお目にかかれたのは無上の喜び。
重厚で魂を揺さぶられ、人間の奥底に潜んでいるであろう負の感情を浮き彫りにして描写しながらも
深い愛がこめられた篠原さん版ノートルダムは大勢の方にご覧いただきたい全幕作品です。
再演は勿論、早くも新作が待ち遠しく感じております。
※ご参考までに。初演の2015年に大阪の佐々木美智子バレエ団で鑑賞した際の感想です。
http://endehors.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/830-4198.html
会場最寄駅の1つ、都営三田線芝公園駅から地上に出ると現れる東京タワー。晴天に赤色が映えています。
帰りは山本さんのファンでバレエにお詳しい方と浜松町のバルにて赤ワインで乾杯。
ボトルを開け、余韻に浸りながら延々と語り合っておりました。
お通し。チーズクリームがほんのり甘く美味しい。
右側のチーズに名称は失念、スパイシーでワインのお供に嬉しい味でした。
赤身ステーキ。アナンケ初演時のキャッチコピーには「フロロの肉欲」の文字もありました。