9月30日(日)、新国立劇場中劇場にてNBAバレエ団の新制作
リン・テイラー・コーベット振付『リトルマーメイド』12時公演を観て参りました。
http://www.nbaballet.org/performance/2018/little_mermaid/
◆海の世界
マーメイド:竹内碧
メカジキのシルバラード:大森康正
海の王:三船元維
海の魔女:佐藤圭
マーメイドのお姉さんたち:金雪華 阪本絵利奈
カニ:三原未来 河野崇仁
ヒトデ:大島沙彩
フグ:飛永嘉尉
エンジェルフィッシュ:青島未侑
タツノオトシゴ:北原佑季子 平居郁乃
イソギンチャク:朝見麻衣子
魔女の脚:清水勇志レイ 玉村総一郎 長谷怜旺 山田悠貴
金魚の子どもたち:飯田れい 内川鈴菜 小池葵 新谷陽里 高橋愛 矢島怜弥
◆陸の世界
クリスチャン王子:宮内浩之
ハンス:新井悠汰
ソニア:大島淑江
ソニアの友だち:伊東由希子 岩田雅女
城の人たち:猪嶋沙織 津田真実 松岡陽香 向山未悠 小林治晃 高橋開 長谷怜旺 前沢零
竹内さんのマーメイドは王家の育ちらしい凛とした姿で舞台に出現。
まだ少女ではあっても周りを冷静に見つめる、気高く落ち着きのあるヒロインです。
クリスチャン王子への恋に気づいたときのときめく思いや近づきたくてもそばに寄れないもどかしさといった
細やかな感情も豊かに表して見かけ以上に情熱はぐっと迸り、
王子を助けたのはソニアではなく自身であると声なき叫びで訴える場面や
声と引き換えに脚を得てもおぼつかない歩き方しかできず
しかし真実を告げようと王宮にまで駆けつける執念も胸をぎゅっと締め付けました。
メカジキの大森さんは海の世界の取りまとめ役のようで頼もしく、海の王の側近にも思える存在感。
白黒のモード系衣装に身を包み、きびきびと斬り裂くようなテクニックで場を攫っていました。
海の王の三船さんは威厳がありつつもマーメイドたちや海の世界の住民たちへの眼差しは穏やか。
海の魔女には呆気なく倒されそうになったところを
ささっと子どもの金魚たちから助けられる人間味もある王様です。
最も驚かされたのは佐藤さんによる海の魔女。佐藤さんといえば繊細で儚い雰囲気を生かした役のイメージが強く
意外過ぎる配役と思っておりましたが、殻を打ち破ったのか身体の奥底から悪なる輝きを大放出。
歪んだ四肢の動きとニカっと笑みを浮かべる怪しい表情で舞台中を駆け回って強烈な存在を示して舞台を完全支配し
手下たちとも乗りに乗って悪女っぷりを見せつけ、しかし踊り1つ1つは美しく
新境地開拓に大成功を収めていらっしゃいました。
大胆でちょっとずる賢い少女ソニアを好演されたのは大島さん。
浜辺に打ち上げられた王子を見るなり欲望の塊な性格を露わにし、
友人の手伝いに支えられながら何の躊躇もなく髪を濡らして助けた振りをする演じ方も堂々たるもの。
歌が上手いことを証明するよう披露を促されたときの引き攣った表情や
どうにでもなれと言わんばかりにキンキン声での叫びを(各日ソニア役のダンサーが地声で表現)
披露してしまう度胸も天晴れでした。
目指せ玉の輿婚なるソニアを応援する伊東さん、岩田さんによる友だちもいたく可愛らしく、
簡素なワンピースであってもぴちぴちと弾ける若さや軽やかな踊りから目が離せず。
決して裕福ではないであろう農民生活をも逞しく乗り切っている少女たちであろうと思わせます。
かなり難しいテクニックも盛り込まれていましたがお2人とも軸が強靭でさらっと且つ
岩場で戯れている子どもの如く軽々と踊っていた点もお見事です。
ミュージカルとバレエが合体した作品と耳にしており、当初は語りや歌のくどさを不安視しておりましたが心配無用。
バレエ作品としての根幹がしっかりしているため、気にはならずむしろ効果的な印象でした。
まず異なるカラーで様々な場面が登場すること。海の世界と陸の世界、
陸においては農村場面もあれば王宮での結婚式もあり、目にも楽しい情景が現れて飽きさせません。
要所要所に海の住民たちのソロやマーメイドと王子のパ・ド・ドゥ、王宮での宴も用意され
ミュージカルではなくバレエを観た気分にさせてくれるのです。
特にパ・ド・ドゥでは脚が無くて歩けず、身体を引き摺りながら逃げようとするマーメイドと
追いかけて目線を合わせようと懸命に迫る王子の緊張感と和らぎが同居する雰囲気が漂う振付は
あっと驚かせ、目を奪われました。
また単に賑やかでお子さんにも安心な作品ではなく、人間の心理がきちんと描写されている点も忘れられません。
『白鳥の湖』と違って騙されていても心の何処かでソニアに対して疑念を抱き
結婚式の真っ最中に彼女に歌を披露するよう迫るクリスチャン王子は
ただの坊ちゃんではなく日頃から大自然を相手に奮闘しているのか機転の効く人間であると思わせます。
少しワイルドでありつつ品を備えたバランス感を宮内さんは上手く表現なさっていました。
王子に仕える従者であろうお茶目なハンスを新井さんも好演。
悪事を働くソニアたちも憎めない人物たちで、人騙しは確かに悪い行為ではありますが
裕福ではない生活におけるまさかの王子との出会いは希望そのもの。
友人の手助けで玉の輿一歩手前まで来たソニアは2人から相当慕われているのでしょう。
ソニアの友だち2人も年頃にも関わらず自身たちは出しゃばらず、
ソニアが王子と結ばれるようあくまで後方支援に徹する友人思いな行動にも心を動かされました。
それから歌と語りが振付と連動していた点も好印象。
マーメイドが美しい歌声で語り掛ける場面はさすがにダンサーには難しい発声でしょうから
踊りで表現するわけですが、歌と踊りが一体化して澄んだ海の中を泳いでいるような気持ち良さを感じた次第。
竹内さんをジュリエットや『真夏の夜の夢』ヘレナ役で鑑賞したときに魅せられた
感情を迸せる踊りは歌と合わさってもそれはそれは心に響き、まさに身体で歌っている印象でした。
語りにはダンサーのマイムがぴたりと嵌り、特にクリスチャン王子による
ひらめきながら歌の披露を願い出る箇所は窮地に立たされたソニアの慌てっぷりや
事実を確信しつつある王子双方の姿をよりくっきりと分かりやすく伝え、
ついにはソニア自慢!?の耳を劈く声の披露へと繋がって観客も大笑い。
子役の使い方も配慮が行き届いた振付で、金魚の子供たちは主立っては踊らず
しかし海の世界の住民に可愛がられている和みの存在。ただ可愛らしいだけではなく
魔女が奇襲し海の王がピンチの際には仲間同士尾ひれを合わせながらさりげなく王を安全な場所に退避させ
やるときはやる、健気で頼もしい金魚さんたちです。仮に子供金魚の見せ場が延々続いてしまうと
某バレエ団が昨年新制作上演した作品の如く発表会状態にもなりかねず(12月、平日昼公演含め通いますけれども)
子供でも楽しめ且つ公演らしさを失わないよう工夫がなされています。
心配していた米国のアニメを彷彿させる、海の生き物たちが着けるはっきりとした色彩の衣装もコントにならず。
ダンサーの技術レベルの高さもさることながら演者が役を自分のものにして心から楽しんで踊っているためか
違和感なく似合っていると見受けました。
結末は仰天のハッピーエンドであると予め耳にはしておりアンデルセンが腰を抜かす展開を危惧しておりましたが
美しい歌声の持ち主がマーメイドであると知り海の世界へと行きたがる王子を国王夫妻は引き留めず
あなたも若い頃は私に会うために壁をよじ登ってきたでしょうと王妃が王に語り掛けて説得。
国王夫妻の器量の大きさを示しながら最後は海の世界で生きる決意し
ブルーの衣装に早替りするクリスチャン王子の行く末を含めて無理矢理な展開と思わせず、
幸せな結末を迎える人魚姫もありかと納得です。
1点だけ注文を付けるなら、海に飛び海底へ向かって泳ぐマーメイドを映像を駆使して演出していましたが
長い髪を靡かせて垂直状態になった姿がホラー映画『リング』の貞子にしか見えず笑。可能ならば改善を。
休憩無しで1時間10分程度にまとめ上げ、バレエと歌、語りが互いに邪魔にならぬ親しみやすい作品で
パ・ド・ドゥや王宮での結婚式といったお決まりも入っていてあくまでバレエらしさを貫いています。
更には遠慮なしに思い切り笑える場面も多数、再演の際にはまた鑑賞に足を運びたい舞台です。
幸いにして帰りは雨がまだ降っておらず、ハイド・アンド・シークのカクテルでさくっと乾杯。
海の世界と陸の世界が、出会ったー、な色彩です。(世界ウルルン滞在記オープニング風にお読みください)