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惚れるしかないギレイ汗 佐々木美智子バレエ団創立40周年記念公演『バフチサライの泉』 8月16日《大阪府八尾市》

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8月16日(木)、大阪の八尾市にて佐々木美智子バレエ団創立40周年記念公演『バフチサライの泉』を観て参りました。
振付演出は藤田彰彦さんです。
http://sasaki-michiko-ballet.cloud-line.com/

佐々木大さんのヌラリはギレイ汗に心を尽くしに尽くす韃靼隊長。
5年前よりも少しパワーが落ちかけた印象も多少はありましたが
気力と渾身の力、そして怪我やご病気といった舞踊人生で味わってこられた
あらゆる辛苦が凝縮し気持ちが込めたられた踊りは一瞬たりとも目を離せず。
何よりも登場時における鋭利な刃の如き視線、跳躍、立ち振る舞いに観客既に大拍手。
この役ばかりは佐々木さん以外考えられない、そう思わざるを得ない大当たり役です。

マリア姫は佐々木夢奈(ゆうな)さん。両親や宮廷中の人々に愛される
麗しく深窓の姫らしい清楚さと溢れんばかりのオーラを放つまさに姫。
心から愛するワズラフを失ったときの悲しみ、辛さを堪えながらも
ギレイ汗に毅然と対峙する姿はギレイ汗でなくても心を動かしました。

夢奈さんと言えば、今も忘れられない役の1つが2015年「AN'AΓKH」宿命 ~ノートルダム・ド・パリ~
(今年11月11日東京で再演、チラシはこの記事のあとに載せております。おすすめです)での
額縁からヘンテコな顔を出す変顔町人でシリアスな作品ながら吉本興業も仰け反る浪速っ子らしい表現。
しかも美貌からは想像がつかぬ思い切りの良さにたまげたことは今も鮮明に記憶しております。
また昨年愛媛県西条市で鑑賞した『エスメラルダ』ヴァリエーションは
コンクールの人気演目の1つながらヒロインが抱える悲哀や孤独感までもがたった1分少々でも伝わって
全幕の中での主要な役柄で鑑賞できる日を待ち望んでおり、今回のマリアは嬉しい配役。
何不自由なく両親や宮廷の人々に愛されてきた姫が突如連れてこられた見知らぬ土地で
言葉も通じず試練に耐えつつポーランドへの帰国を願いながらも誤解の中で命を落としてしまう悲運な人生を
全身で表現され、懸命に生き抜こうとするマリアの感情の変化が細やかに伝わる熱演でした。
亡きワズラフに思いを馳せながら竪琴を弾く姿や手脚が長いスタイルの良さが映える
伸びやかで気品ある踊りにもうっとり。

前回は剣の踊りや韃靼人役で活躍されていた福岡雄大さんは今回ワズラフ初挑戦。
この役前回2013年公演では山本隆之さんが務められ、それはそれは絵に描いたような白い貴公子
加えてマリアに対して愛情深い優しさを注ぎ、結果として命を落としてしまうものの
奇襲してきた韃靼軍からマリアを守り抜こうと凛然と立ち向かうお姿を始め
世の女性が求める王子要素の結晶たる青年でしたのでハードルを高き役でしたが
福岡さんのややマリアに引っ張られがちな純情で心優しい青年も好印象。
昔は気にかかっていたメイクは随分とナチュラルになり(新国立入団当初からすると見違えるぐらい)
生来の端正なお顔立ちがはっきりと見えやすくなった点も宜しうございました。
マリア一直線な愛に溢れるすっきりとした無駄のない跳躍は一際ノーブルに映ります。

さて、主役は何と言っても山本隆之さんのギレイ汗。以前は小原孝司さんが務められ、
いかにも王様らしいドンと構えた貫禄を備えたキャラクターでしたが
山本さんはよりお若く、そしてセクシーな魅力放出。
奇襲されているマリアの宮廷を背景に渋く豪奢な韃靼王族の衣装を纏ってマントを翻しながらの登場場面では
獰猛さと野性味に王族の長らしい風格が混ざり合い、髭面の強面でも滲む男の色気は濃厚で
もう惚れないほうが可笑しいほど。韃靼軍ではなくても床に額を付けたい思いにこの時点で駆られたのでした。
遡れば2009年2月の新国立公演『ライモンダ』では他のダンサーインフルエンザ発症により2回ともジャン役に変更し
2006年公演で絶賛されたサラセンの王アブデラクマン役を再び拝見できず私を含め
大勢の観客が悔しい思いをしておりましたが、9年半の時を経て久々に
エキゾチックで悪の魅力を湛えたお役にようやくお目にかかれた気分でおります。
人攫いはいかんが、悪役(ギレイ汗はこのあと弱い部分も曝け出していくため単なる悪役とは言い難いが)が
男前で豪胆且つ美しいと、あくまで舞台上の話ですが本来ならば宜しくない誘拐や略奪といった行為も
嫌味にならず物語に説得力が出ると痛感。

先述の通りただ獰猛で凶暴なだけではなく、2幕以降では2人の女性を愛してしまったために
寵愛していたはずのザレマからの愛に応えられず、マリアにはいくら心を捧げても頑なに拒まれ
奇襲では決して見せない苦悩や弱さが手に取るように伝わって胸に突き刺さりました。
中でも寝室でザレマとマリアが誤解し合うところに出くわし、マリアがザレマに刺殺された場面における
悲痛な叫びが聞こえてきそうな怒りと悲しみが混ざった感情にはどれだけ胸が震えたことか。

ザレマの瀬島五月さんは裾の長い赤い衣装を着けての登場姿からして王から寵愛を受けている女性であるのは明らか。
侍女を従えた、プライドが高そうな艶やかな容姿に惹きつけられました。
帰還したギレイ汗に抱きつきいつもの通り愛を注いでもらえるかと思いきや冷たくされて異変を受け入れられず
当惑する表情や仕草、そしてありったけの苦しみを訴えるソロが心に迫ります。
やがて宮殿に入ってきたマリアを目にし、少し前までは自身に一番の愛をもたらしてくれていたギレイ汗が
まさかの異国の女性への心変わりにはプライドが引き裂かれ、絶望し信じ難い思いに悩んだでしょう。

ザレマに負けじと存在感を示していたのは第二夫人の杉前玲美さん。
いたく華奢な肢体ながら最上の座を狙おうと迸る情熱が身体中から表れ、色っぽい姿に魅せられました。
この容姿でも第二夫人ですからバフチサライの宮殿の美女率の及びギレイ汗の理想の高さを物語っています。

作品の見せ場はいくつかありますが、1つめに挙げておきたいのは韃靼軍の群舞。
ギレイ汗を心を慰めようとヌラリが立ち上がり先導しながら繰り広げる踊りで総勢31名による熱気溢れる場面は圧巻。
よくよく見るとギレイ汗は舞台上手側前方にて壁に項垂れ、韃靼の部下たちを眺める気配がないのはさておき
一向に振り向かぬギレイ汗を鼓舞しようと全身全霊で2度も踊る韃靼軍たちには
割れんばかりの拍手が沸きました。熱狂の渦と化して賛辞を送る客席とは反対に
ギレイ汗はひたすら項垂れ続けていて、その対比には笑ってしまいました。

そして異国同士の交わりによって引き起こったザレマとマリアの誤解から生じる悲劇。
ギレイ汗を取り戻したいザレマとポーランドに帰国したいマリアは互いに言葉が通じ合わないために意思疎通できず
寝室に落ちていたギレイ汗の帽子に怒り狂ったザレマは疑いを抱いたままマリアを刺殺。
再び部屋をギレイ汗が訪れたものの時既に遅し。あと数秒早く部屋に入ってきたら最悪の結果は逃れたでしょうし
ザレマは執念深い女性ではあっても単なる悪女ではなく、もし互いに言葉が通じていたら
マリアの訴えを尊重し(むしろザレマにとってはマリアの帰国は嬉しい行為であろう)
彼女の帰国に惜しみない協力をしたでしょう。マリアにとっても、亡きワズラフを一途に想っているのですから
いくら男前なギレイ汗よりも亡骸で良いからワズラフの元へ戻りたいと願いを募らせていたに違いありません。
しかし何もかもが噛み合わなかったからこそ深いドラマが生まれ、ギレイ汗の苦悩もより強まって物語に厚みが増し
人々に支持され読み継がれる作品として生き続けているのでしょう。

他の幕も見せ場がありながらも切り貼りの印象無い演出。
1幕のマリアの誕生会の舞踏会も見応え十分でポーランドの民族色の濃い勇壮な音楽、振付による展開がなされ
優雅で鷹揚とした舞踏会とは一味違うの点も面白いのです。
誕生会に集う人々の中から見所の1つである剣の踊りの披露がなされ、
無理やり付けた印象なく物語の流れを自然に感じさせます。
2幕での鈴、果物、壷の踊りも同様で、ギレイ汗の宮殿にいる女性たちが踊るため
取って付けたような振付ではなくギレイ汗の財力や権力を象徴にも思わせました。

どの人物も人間味あるキャラクターとして多面的に描いている点も魅力。
誕生日会開宴前、マリアを右往左往探し回るワズラフをマリアはいたずらな笑みを浮かべて目隠しして驚かせ
直後の誕生会に集う人々の前でのお行儀宜しい姫君たちが見せぬ、往年の少女漫画もびっくりな甘酸っぱいやり取りで
2人の熱々ぶりを示しています。この場面が花園状態だからこそ韃靼の奇襲がより際立っているといえます。

ギレイ汗は力を誇示していた1幕の奇襲とザレマとマリア2人の女性に悩みもがく弱さ脆さといった
相反する性格をくっきりと描写。泉を前にしたプロローグでは
これから始まる回想物語の世界へと入り込みやすくなり
最後は愛する2人の女性を失った悲しみと波乱万丈な半生を重ねて泉に触れるエピローグが挿入され、
ギレイ汗の人生の余韻に浸る哀歌のようにも感じる場面です。

ザレマはプライド高き性格から一気に自信を失い
やり場のない怒りや悲しみに苦しみながらギレイ汗の心変わりの原因となった
マリアの命を奪う行為へと突っ走り処刑の運命に。
何不自由なく育ってきたであろうマリアは突如異国での苦境に瀕し、
上品なお姫様っぷりだけでなく言葉が通じようがいまいが関係なく全身で思いをぶつける大胆さも見せます。
韃靼側は極悪、ポーランド側は襲われるだけの可哀想な善人とは短絡的に結び付けず
人間が持つ様々な面を鮮やかに描き出しているといえる作品でしょう。

全編通して喜劇な要素は希薄ですが、ギレイ汗の宮殿で働く宦官たちのひょこひょこ歩き回りながら
せっせとお世話をする姿は作品の中での貴重なほっこり場面。
特に佐藤信吾さんのほのぼのとした味わいには思わずクスッと笑ってしまいました。
1幕でのポトツキー伯爵夫妻(マリアの両親)役のアンドレイ・クードリャさん、杉原小麻里さんの
マリアを可愛がる仲睦まじさ、姫の両親ではあっても『眠れる森の美女』とは違って
舞踏会ではたっぷり踊る姿も印象に刻まれています。

『パリの炎』も手掛けたボリス・アサフィエフによる何処か演歌調な音楽は
各々のキャラクターの性格そのままを表したかのような曲調ばかり。
特にマリアとワズラフの熱々ロマンスな序盤、忍び寄りやがて大奇襲を敢行する韃靼軍の不気味さや凶暴さ、
ザレマや第二夫人の登場の艶かしい曲は耳に残る音楽です。
振付、音楽、場面転換、色彩どれも変化に富んだ展開で休憩2回プロローグエピローグ付きの4幕構成ながら
ダレる箇所がなく、全く飽きさせません。

ところでこの作品、いくらギレイ汗の脆い部分やザレマの処刑回避をヌラリが訴える描写があるとはいえども
韃靼軍をポーランドの城を襲い焼き払い、男性陣を斬って女性陣を強引に連れ去る
徹底した悪徳人物として描いていて韃靼(タタール)の人々からすればとんでもない差別物語として
捉えざるを得ない話です。1幕の奇襲場面を観る限り、『ライモンダ』でのサラセンたちよりも遥かに
野蛮な民族として描いているとも思えます。
しかしロシアでは現在も上演されており、タタールの血を引いている
ヌレエフやヴィシニョーワの感想が気になるところではありますが
マリインスキーでは最近も上演され、今年日本でもテレビ放送。
今も上演が可能であり客も入るのは恐らくはプーシキンの原作による力が大きいと思われます。
ただ空想で執筆したのではなく、自由主義風の作品で皇帝アレクサンドル1世の怒りに触れて追放処分を受け
ロシア南部を巡る旅の中で訪れた地域の1つであったクリミアの旧都バフチサライにて
16世紀に建てられたイスラムの宮殿の泉に惹かれ、王ギレイ汗が思いを寄せていた
奴隷の少女の早い死を悼んで作らせたというこの泉に纏わる逸話を元に執筆。
創作も加わって史実とは異なる部分もありますが、ロシアの偉大な作家であるプーシキンが
実際にバフチサライを訪れて王ギレイ汗と奴隷の少女に寄り添って書き上げた叙事詩が与える影響力、
読者の心を掴んで離さぬ魅力は非常に大きいと考えられます。
また佐々木バレエでの上演においては佐々木美智子先生が現地に出向いて視察され
見聞録をしっかりと出演者に教え伝えていらっしゃるからこそ、
1人1人から込められた魂を感じさせ熱い舞台へと繋がっていると思わせました。

東西の異文化が交錯して引き起こる熱きドラマ、それぞれの人間を多面的に描写し
マリアの誕生日を祝う舞踏会から韃靼軍の奇襲そしてギレイ汗とザレマ、マリアの三角関係から
韃靼軍の群舞、と変化に富んだ展開で実に厚みある物語バレエながら国内では滅多に上演されず
2013年の鑑賞以降5年間待ち侘びた記念上演。本家マリインスキーよりも一層濃厚で大阪らしく熱い、
舞台のあちこちから魂の叫びが響いてきそうな佐々木バレエ版『バフチサライの泉』はバレエ団の代名詞です。
心から好きな作品を佐々木バレエ40周年の節目に鑑賞でき、今も興奮冷め止まず。
プログラムでの佐々木美智子先生の挨拶文には平坦でないどころではない激動の半生が綴られ、
今回の公演を鑑賞し先生の熱き愛情はしっかりと教え子に受け継がれていることが一段と窺えました。
関西のみならず、全国の方々に観ていただきたいバレエ団です。

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図書館で借りた原作。2冊同時に開きながら異なる翻訳を比較しつつ読み進めていくと
言葉の選び方それぞれに味があると分かって面白く、おすすめです。
河出書房(緑色の書籍)には挿絵もあり、ザレマの絵が載っています。
『エフゲニー・オネーギン』の翻訳や関連の絵も掲載されているのも嬉し。

※佐々木美智子バレエ団のブログは頻繁に更新されリハーサルや終演後のレポートも豊富です。
様々な角度から撮影されていて公演に興味を益々持つ写真を多数掲載、いくつか紹介して参ります。
https://ameblo.jp/sasaki-ballet/entry-12400602773.html
杉原さん制作動画

https://ameblo.jp/sasaki-ballet/entry-12398806644.html
杉前さんのレポート

https://ameblo.jp/sasaki-ballet/entry-12398590173.html
終演後、前日ゲネ写真

https://ameblo.jp/sasaki-ballet/entry-12398180399.html
当日の記事、リハーサル写真色々

https://ameblo.jp/sasaki-ballet/entry-12397919424.html
リハーサル

https://ameblo.jp/sasaki-ballet/entry-12393207843.html
照明合わせ

https://ameblo.jp/sasaki-ballet/entry-12388430457.html
リハーサル

https://ameblo.jp/sasaki-ballet/entry-12388047733.html
リハーサル


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11月11日(日)東京のメルパルクホールで再演される「AN'AΓKH」宿命 ~ノートルダム・ド・パリ~のチラシ。
この日は新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』、シュツットガルトバレエ団『白鳥の湖』と
大型公演が重なっていますが、歯車の狂いによって抉り出される愛憎、怨恨、嫉妬といった人間の深層心理を
深く追求した非常に重厚な作品です。是非ご覧ください。

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エスメラルダ、フロロ、カジモド、フェビュスは初演時と変わらず。これ以上にない顔ぶれです。



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話をバフチサライに戻します。当日、昼食はそばよし心斎橋店へ。
昨年2017年末に隣のサンドイッチ専門店を訪れたのだが
いつのまにかカレー屋に変わっていた。息長く続いて欲しいと願います。

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バフチサライを控えておりますので韃靼蕎麦とビール。噛み締めるほどに味わいがあるお蕎麦です。

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道頓堀の名所グリコ。

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近鉄八尾駅から八尾プリズムホールへ向かう道。

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帰りは関西在住の人生の素敵な先輩方と会場近くのお好み焼き屋さんにて
大阪府内で最も葡萄栽培が盛んな柏原市産スパークリングワインで乾杯。
粉物に合うワインとして開発したそうです。大阪らしいアイディアのもとで生まれた地元の名産物を味わえて嬉しい。

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ふわっとかりっと焼き上がったお好み焼き色々、大阪に来たらやはり食べたくなります。ビールも欠かせません。
阪神タイガース選手のサイン入りユニフォームも飾ってありました。

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難波の商店街の中で見つけたコーヒー専門店にて。
管理人、アルコールは勿論ですがコーヒーも好んで飲みます。濃厚でコクのある味が好みでございます。


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公演翌朝、道頓堀川を眺めながらのコーヒー。
8月15日と16日、東京と大阪2日連続でササキバレエ。両地とも豪華で熱い(暑い)公演でございました。
しかし疲労感ゼロ。良いバレエを鑑賞できた喜びがまさっていたからでしょう。
この日の昼に新幹線で帰京、さらば大阪また来月!




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